今日7月2日(水)が終わった時点で、
Dow Jones, -0.02%, 44,484.42 (-10.52)
S&P 500, +0.47%, 6,227.42 (+29.41)
NASDAQ, +0.94%, 20,393.13 (+190.24)
ボケ老人、痴呆症、アルツハイマー等、歳を取ってくるとこの様な言葉が身近になって来る。
そう言えば私の親父もアルツハイマーだった事を思い出した。
親父の発症は82歳位からだっただろうか。
最初は軽度の物だったが時と共にその度合いも大きくなって行った。
85歳の頃にはかなり進んでいた。ただ幸いな事に市の老人福祉課の人が週に2回人を派遣してくれて様子を見るのと同時に食事を2回分作り置いて行ってくれていた。
それは結構助かったが後半では一回に全て食べてしまって食べた事すら忘れている様だった。
親父は一人暮らしその上、一人息子の私は海外在住だったのでこのままでは危ないと思い施設に入る事を勧めた。
市の特別擁護老人ホームだ。
初めは嫌がっていたが再三の説得でやっと納得してくれた。
ただ当時ですら直ぐに入れる所はなかった。市内で2年待ちと言われた。
それで市役所の人が募集範囲を大阪府内に広げてくれたお陰で3ヶ月目に貝塚市と言う所に見つかったと連絡があった。
早速私は日本に飛んで行きまた親父を説得をし直してやっと入って貰った。これで私も安心出来る。
この僅か3か月後に淡路阪神大震災が起こって我が家が半壊した。
もし親父がそのままいたらどうなっていたかわからない。不幸中の幸いと言うべきか。
施設に入る当初はずぐっていたが入って見ると話し相手も出来て本人も楽しんでいた様だ。
ただしその間にアルツハイマーが進みその2年後には私の事も息子と覚えていない様だった。昔の弟と思っていた様だ。何度言って無駄なのでそのままにしておいたが息子としてはショックだった。
その後脳梗塞に見舞われ近くの病院に入院した。
施設の方では3ヶ月以上離れると入居者資格を失うと言うので良くなった状況で一旦施設に戻してくれたのだが再度の脳梗塞に見舞われ入院し今度は植物人間状態になってしまった。
その後しばらくして親父は息を引き取った。
病院から私の住むニューヨークに連絡があり取り急ぎ2-3日で日本に帰った。
病院の方で関係のある葬儀社に連絡してくれていたので、家は地震で壊れ私が処分してもう無かったので現地で葬儀を行なった。
私は特に神や仏などはどうでも良いので墓など要らないが親父は別なので永代供養を頼んでおいた。
この時親父は87歳だった。
当時の平均寿命はもっと短かったので一応は往生と言う事なんだろう。
それに世間の諸々の嫌な事はあっても直ぐに忘れてしまうのである意味幸せだったのかも知れない。
私もアルツハイマーとまでは言わないが歳と共に物忘れが多くなっている。
ちょっとした事を忘れてしまう。まぁ仕方ないのかも知れない。
一応脳のMRIも血液に特殊な薬品を入れたアルツハイマー用の検査も受けたが特に顕著な傾向は見受けられないとの事だった。
これは加齢による物だろう。進まなければ良いがある程度の覚悟は必要かも知れない。
歳を取るとはそう言う事なんだろう。
今回はこんな写真にしてみた。

ではまた。
ごきげんよう。
