老後の試算㊽-つわものどもが夢の跡

今日何となくYoutubeをサーフィンしていたら、「1億→10万に大暴落!地方にある”謎のタワマン群”に潜入してみた…」と言うのがあった。

それを見て見ると「越後湯沢」のリゾートマンションについてだった。

ここもバブル期に立てられてその後バブルが弾けて、街はゴーストタウンになり、リゾートは何処とも廃止ないしは価格の超下落をしていると言う物だった。

その「越後湯沢」で思い出したのだが私と私の助手は1995年にその「越後湯沢」の駅前の近くのホテルで一泊した事がある。それは丁度新潟からロシアに行く途中だった。

ただ1995年だからバブルが崩壊してまだ4年程だからそこまでゴーストタウンにはなっていなかったかも知れないが、その夜ホテルを予約するのに苦労した事を覚えている。

構内の案内は既に閉まり駅そのものも閉めるので出て行ってくださいと言われた。

色々歩き回ったが見つからず、公衆電話から電話を掛けまくった。

当時携帯などはまだなかった時代だ。部屋が満席だったのかそれとも営業していなかったのか。しかし時期はまだ2月だったからスキーシーズンだ。

幾らバブルが崩壊したとしても冬ならまだ何とかホテルやリゾートも営業出来ていただろう。

最終的に何処のホテルに泊まったのかは記憶が定かではないが一軒見つかった。

ただ覚えているのはもう夜中近くにチェックインして雪が降っていて寒かったので、やっている温泉はと聞いたら屋上にある露天風呂だけだと言われて、雪の降る中温泉に浸かっていたのを覚えている。

あれは何処のホテルだったのだろうか。

本当はこの駅で停まる予定はなかった。新潟まで行く予定だったのだが、上越新幹線を乗り間違えて「越後湯沢」行きに乗ってしまったのでここが終点だった。

予定外の事で少し焦ったが何とかホテルが見つかって一安心したのを覚えている。あそこも今はどうなってるだろうか?

今回はこんな写真にしてみた。
これは今の「越後湯沢駅」だが当時はこんな小奇麗な駅ではなかった。

ではまた。
ごきげんよう。

老後の試算㊽-つわものどもが夢の跡

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